小金井ストーカー殺人未遂事件
事件概要

2016年5月21日、東京都小金井市のライブハウス「SOLID」より、シンガーソングライターの冨田真由さん(当時21歳)の携帯電話から110番通報があった。

被害にあったシンガーソングライター 冨田真由さん(当時21歳)

 

警視庁は冨田さんが110番緊急通報システムに登録していたため、位置情報を確認せず冨田さんの自宅に警官を派遣してしまう。
その1分45秒後に目撃者の通報により、警官が現場に駆けつけた。
冨田さんは首や胸など20カ所以上刺されており、すぐに病院に搬送された。
警視庁小金井署は、現場にいた岩埼友宏(当時27歳)が犯行を認めたため傷害罪で現行犯逮捕した。
後に岩埼が「殺すつもりだった」と供述した為、容疑を殺人未遂と銃刀法違反に切り替えた。
現場には血の付いた折りたたみナイフが落ちており、岩埼がこのナイフを使用したと認めた。

犯人の職業不詳 岩埼友宏(当時27歳)

 

小金井署の調べで岩埼が以前より、アイドル活動わ歌手などをしていた冨田さんに対し、ストーカー行為を繰り返していた。
冨田さんは病院に緊急搬送されたが、20カ所以上刺されていた為、一時心肺停止状態となり、その後も長期間意識不明の重体に陥っていた。
6月3日頃、冨田さんは意識を取り戻し一命を取り留めたが、身体の一部の神経が麻痺し、視野が狭くなり、男性恐怖症等の心的外傷後ストレス傷害罪を負う等の後遺症が残った。

 

 

 

背景

・加害者の事件までの行動
岩埼は京都府京都市右京区に住む会社員で、冨田さんのファンを自称していた。
岩埼は「君を嫌いな奴はクズだよ」と名付けたTwitterアカウントを作り、同年1月頃より冨田さんの使用しているTwitterアカウントへ接触を試みる。
当初は冨田さん対して好意を持った書き込みが目立っていた。
しかし1月22日より、返事をしない冨田さんへの嫉妬によるものと思われる、不穏な書き込みが目立つようになる。
4月には「そのうち死ぬから安心して」といった直接的に冨田さんを脅迫する文ではないが、攻撃的な書き込みを冨田さんに向けるようになる。
また岩埼は冨田さんに対して一方的にプレゼントを送りつけたのにも関わらず、自分からプレゼントを返却するよう冨田さんや関係者に要求しているが、警察に捕まった際には、プレゼントとして送った腕時計を冨田さんに返送され逆上し殺害を計画するようになったと供述しており、実際にプレゼントを返却後に書き込みがさらに過激化している。
冨田さんは岩埼の書き込みに対し警視庁武蔵野署に相談するが、「相手のアカウントをブロックしてください」と伝え、何かあればこちらから連絡すると言うだけで実際には、冨田さんから恐怖心が見られなかった事を理由に、ストーカー行為としてとらえず一般相談として専門部署へ連絡しなかった。
その後も冨田さんの母親が京都府警に、右京区に住む岩埼に娘が嫌がらせを受けていると相談するが、警視庁に相談するよう伝えるだけだった。
また岩埼は冨田さん以外の女性に対しても、SNSを通じて嫌がらせを繰り返している。
2013年には芸能活動を行なっている10代の女性のブログに対し、脅迫的な書き込みを行い警視庁より呼び出しを受けているが、岩埼は出頭しなかった。
更に2015年12月、滋賀県在住の女性からも岩埼との対人関係について滋賀県警に相談があった。

 

そして事件当日、岩埼は自身のブログに「いってきます。」と残し、自宅のある京都より上京した。
岩埼は冨田さんが現れるまで長時間待ち伏せし、襲撃の機会をうかがっていた。
冨田さんが小金井市のライブ会場に入る前に、岩埼は接触しようとが、冨田さんは岩埼を無視しながら警察に通報する。
その後、冨田さんは岩埼に対しライブ会場に入らないよう諭すが、岩埼は電話をかけ始めた冨田さんに激昂し犯行に及んだ。
犯行後に岩埼は、血まみれの冨田さんを見て「かわいそう」と思い、自ら119番に通報し救急車を呼んでいる。
また犯行後に岩埼は冨田さんに対し「生きたいの?生きたくないの?」と声をかけたという。
岩埼は逮捕後、警視庁小金井署の取り調べで、Twitterをブロックされた事やプレゼントを返送された事を動悸にあげ「彼女が相手にしない場合は、殺そうと考えていた。」と供述した。

事件のあった東京都小金井市のライブハウス SOLID

 

 

・加害者の性格について
岩埼の兄は岩埼について、「自分の感情をコントロールする事が下手で、溜め込んでは感情を爆発させていた。」と評した。
岩埼は幼少期から柔道を始め、中学時代には県大会優勝するなと成績は良かった。
柔道では華々しく活躍していたが人間性関係はうまくいっておらず、中学の同級生の話では、「普段から口数が少なく、帰宅時も1人で帰宅しており、女性関係の話が出たことも一切なかった。」と評している。

 

 

 

◾裁判

岩埼は殺人未遂等の罪です起訴され、2017年2月20日 東京地方裁判所立川支部での初公判で起訴内容を認めた。
検察側は岩埼について「冨田さんに相手にされなかった場合には殺そうと考えナイフを購入した。」と指摘する。
一方弁護側は冒頭陳述で、岩埼が自ら119番通報し救急隊員に「彼女を早く助けてあげてよ。」と話していた事などを挙げ、「岩埼が冨田さんに話しかけたが無視され、衝動的に刺してしまった。」と述べ計画的であった事を否定した。
岩埼は冨田さんの供述調書が読み上げられている際に、時折笑みを浮かべていた。
検察官が冨田さんが負った刺し傷について、モニターで説明している際に、男性裁判員が倒れてしまい、別の裁判員が補充される。
公判では、冨田さんが被害者参加制度を利用し意見陳述する予定で、初公判でも別室と法廷を繋いで行う予定だったが、PTSDの影響により取りやめた。

22日の第3回公判では被告人質問が行われる。
弁護側による質問に対し、岩埼は犯行状況について「プレゼントとして贈った本と腕時計を返送した理由を聞こうとしたが、話を拒絶されて絶望や悲しみをを感じて刺してしまった。」と話し、事件前の心情については「冨田さんのSNSにコメントしても僕にだけ返信がなかった。プレゼントを送り返されて悲しみと怒りがわいた。」と話し、事件の際にナイフを持っていた事については「御守り、精神的な心の支えにしていた。」とした。
検察側の質問に対しては、冨田さんへの謝罪の言葉を口にする一方、検察官の質問を鼻で笑うなど挑発的な態度を取っていた。
捜査段階で録音、録画していた「殺すつもりだった、首は急所だと思った、自分が全て悪いとは思わない、冨田さんに被害者顔されたくない。」といった発言の真意を聞かれると、言った覚えがない等と主張し、殺意や計画性を否定した。
冨田さんの弁護人から「捜査官から、謝罪する気はないがパフォーマンスとして謝る、と聞いている。」と指摘されると岩埼は「違う。」と声を荒げた。
また冨田さんに出会った際の印象については「思っていたより小さくて可愛いと思った。」と述べた。

23日、冨田さんが意見陳述を行い、声を詰まらせながら「悔しくてたまらない、岩埼は反省してないと思う、普通に過ごせるはずだった毎日を返して、傷の無い元の身体を返して、犯人が夢に出てきてまた私を殺そうとするので、ほとんど眠れません。頭がおかしくなるんじゃないかと思うぐらい悔しくて、毎日気付けば泣いている。」と話した後、「犯人を野放しにしてはいけない。」と述べると、岩埼が「じゃあ殺せよ。」と叫び、更に冨田さんが「また私を殺しに来るかもしれない。」と話すと、岩埼が「殺すわけないだろ。」と連呼し、岩埼は退廷させられる。
その後、検察側は「常軌を逸した自己中心的な犯行であり、類例をみない悪質性、反社会性がある犯行で、被害者への謝罪がパフォーマンスであった事は法廷での言動で証明された。」として、岩埼に懲役17年を求刑し結審された。

27日、岩埼は報道番組の取材に応じ、23日の公判で「殺すわけないだろ」と叫んだ理由について「感情が高ぶってしまい、反論せずにいられなかった。もう会いに行かないと安心させたかった。」と話した。
また「殺意があった事は認めたくない。」と主張した上で、懲役17年の求刑について「出所後の賠償のためには求刑が重すぎるが、死刑なら死刑でもいい。判決では量刑よりも事実確認に注目したい。」と話した。

28日、岩埼は懲役14年6ヵ月の判決が言い渡され、岩埼は判決を不服として、東京高等裁判所に控訴したが3月29日に控訴を取り下げ刑が確定した。

 

 

 

◾警察批判と問題点

岩埼の危険性がわかっていたのにも関わらず、事件を防げなかった事により、過去のストーカー事件での教訓が生かされてないとの、警察批判が相次いだ。

 

・ストーカー規制法の不備について
逗子ストーカー殺人事件の反省から、2013年7月よりストーカー規制法の対象に、連続した電子メールが追加されており、実際に逮捕者も出ている。
しかしブログやTwitter等のSNSについては、電子メールとして解釈されず事実上野放であった。
ただしSNS上であっても名誉毀損行為や義務のないことの要求等といった、付きまとい行為があれば、取り締まりの対象にはなり、一部自治体の迷惑防止条例では事件前よりSNSでの嫌がらせは違法とされているが、事件のあった東京都では未制定であった。
警視庁の有識者検討会は事件前に、「SNSを使用した付きまとい行為も対象にするべき」との報告書をまとめていたが法改正が間に合わなかった。
事件後この規定が時代錯誤であるとして、各マスコミや専門家が一斉に非難し、ストーカー規制法改正に向けた署名活動も行われた。
この事件を受け政府は、SNSを規制対象としたストーカー行為を非親告罪化する改正案を提出し、全会一致で可決された。

 

・警察の不手際について
事件発生前より冨田さんのストーカー被害状況や、岩埼の異常行動を把握していながら、適切な処置を行わなかった警察にも非難が相次いだ。
非難対象となったのは以下の事柄である。

冨田さんにストーカー行為についての相談を受けたにも関わらず、緊迫性は高くないと判断し、ストーカー案件を扱う、人身安全関連事案総合対策本部に報告しなかった。

岩埼が他の女性に対し、嫌がらせ行為を行った際に、被疑者登録を失念し警察署同士の情報共有が出来ていなかった。

武蔵野署は冨田さんからのストーカー被害相談後、岩埼がトラブルを起こす危険性を考慮し、冨田さんの携帯番号を110番緊急通報登録システムに登録するが、冨田さんの自宅を事前に登録していた為、冨田さんからの110番通報の際に位置情報の確認を怠り自宅へ警察官を派遣してしまう。

これらの批判を受けて、警察庁長官は「どんな場合でも被害者の身に迫る危険を正しく判断し守るのが警察である。この事件での教訓を全国的に共有し、適切な対応を徹底する。」と語り、6月9日にはストーカー対策には警察本部と警察署等が一体となって対処する事を指示した。
その結果、身体への危険が切迫していないと判断した場合でも、専門部署への報告すべきとの方針を発生した。
12月16日、警察庁は冨田さんと家族に謝罪した事を明らかにし、「安全を早急に確保する必要がある事案であった。」とする最終の検証結果を公表した。

 

 

 

◾模倣事件

岩埼の模倣犯として見られる男が、AV女優の葵つかささんに対して「小金井の二の舞になりたいか、夜中1人で外を歩く時は気を付けろ。」等とTwitterにて脅したとして、脅迫罪で逮捕された。

大阪市内で芸能活動を行なっていた20歳の女性を「しばく」等と、インターネット上で脅したとして、40代の男が逮捕される。
SNSやインターネットの書き込みが、ストーカー規制法の付きまとい行為にあたるとして、大阪府警は男に対して警告状を交付した。